研究概要

研究領域「活性酸素のシグナル伝達機能」(領域略称名:活性酸素シグナル)

新しい機軸概念:活性酸素による生理的なシグナル伝達機能

好気性生物は、酸素分子の化学的反応性(酸化還元:redox活性)を利用してエネルギー代謝を効果的に行うことにより高度な生命活動を営んでいます。活性酸素は生体内のエネルギー代謝や感染防御過程において発生する一連の反応性分子種(O2¯, H2O2等)であり、これまで酸素毒性の要因となる有害物質として取り扱われてきました(活性酸素毒性説)。実際、活性酸素は、感染、炎症、がん、動脈硬化・糖尿病などの生活習慣病や代謝性疾患、アルツハイマー病などの神経難病などの様々な疾病の病因となることが示唆されています。しかしながら、これまで抗酸化物質を用いた各種疾病の予防・治療の臨床応用は期待される程の成果を上げていないのが現状です。

一方、生体内には Nox(およびDuox)と呼ばれる酵素群があり、白血球の抗菌作用のみならず、血管系、上皮・内分泌系細胞やリンパ球など多彩な細胞において積極的に活性酸素を産生し殺菌作用以外の生理機能を発揮していることが分かってきました。また、過酸化水素(H2O2)が血管平滑筋弛緩をもたらすシグナルとして機能していることも示唆されています。さらに、活性酸素関連分子である一酸化窒素(NO)は活性酸素と反応することにより化学的に毒性が高まることが知られておりますが、実際は生体内で細胞保護シグナルとして重要な情報伝達を司っています。

これらの事実から、生体分子を非特異的に損傷する悪玉としての活性酸素の従来の理解は一変しました。すなわち、幅広い生命科学領域において、『活性酸素による生理的なシグナル伝達機能』の解明が飛躍的に進展しています。

本新学術領域研究においては、『活性酸素毒性説』の古い概念から進化した新たなパラダイムとして『活性酸素による生理的なシグナル伝達機能』の解明を目指し、化学と生物系が融合したケミカルバイオロジーという新興の学術融合領域から多くの革新的な成果が上げられることが期待されています。

具体的な研究戦略としては、以下の、a. 活性酸素シグナル形成、b. センサー機能制御、c. エフェクター機能制御の3つのシグナル伝達経路ごとに研究項目を設定して、プロジェクト型研究を推進します。

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a. 活性酸素シグナル形成

活性酸素は、多くのシグナル分子と異なり構造の簡単な低分子無機化合物です。そのシグナル機能の特異性は、活性酸素産生機構と化学的反応性、特に、分子反応環境を規定する時空間特性に依存しています。従って、様々な細胞・組織において、シグナル機能を担って発現されている活性酸素産生酵素(Nox等)の構造機能解析および細胞内局在と時空間的な産生動態を解明することが、活性酸素のシグナル形成とセンシングの分子機構の理解に必須であると考えられます。従って、シグナルリガンドとしての活性酸素産生機構を理解することは極めて重要ですが、そのシグナル・センサー連関の時空間制御については全く分かっていないのが現状です。そこで本領域研究においては、Noxやミトコンドリアによる活性酸素産生制御機構を時空間的に解析し、活性酸素シグナル形成の全貌を明らかにします。特に、実際の活性酸素産生の細胞内局在を特異的蛍光プローブを用いて検出・イメージングすることにより、活性酸素シグナルのセンサー・エフェクター分子との相互作用を細胞および個体レベルで解明いたします。

b. センサー機能制御

活性酸素のシグナル伝達経路において、不安定な1次シグナルである活性酸素は特異的で安定な2次的なシグナル分子に変換されます。この際、活性酸素を鋭敏に感知する化学センサー分子(核酸・ヌクレオチド、脂質、タンパク質の活性側鎖)が細胞内に存在すると考えられます。例えば、活性酸素・NOによる核酸や脂質などの低分子センサーとの反応では、安定な2次シグナル分子(8-nitro-cGMPや15d-PGJ2等)が形成されます。また、レドックス活性の高いシステイン(Cys)モチーフを有するセンサータンパク質が、活性酸素シグナルの受容体機能を直接もしくは間接的に担っています。この様なセンサー分子の同定と構造・機能解析は、活性酸素のセンシングの特異性を理解する上で大変重要です。そこで、活性酸素・NOのセンサー分子の同定と化学センシング機構の解明を行います。また、活性酸素シグナルあるいはその2次シグナル分子を受容した(化学修飾を受けた)センサー・エフェクタータンパク質の構造・機能を解析し、さらに、新規センサーの探索を行います。このことにより細胞内シグナル伝達における活性酸素・NOによる多様なセンシング機構を明らかにいたします。

c. エフェクター機能制御

活性酸素による直接的な、または、低分子2次センサーを介する間接的なシグナル受容に引き続くエフェクターの活性化は、自身がエフェクターとしても機能するセンサータンパク質の分子構造変化によって誘発されると考えられます。すなわち、エフェクターとしてのリン酸化・脱リン酸化酵素や転写因子の化学修飾(Cys酸化、ニトロソ化、アルキル化等)によるリン酸化シグナルや転写制御などです。この様なセンサー・エフェクター分子連関の多様性の分子メカニズムの解明は当該分野の重要課題と位置づけられます。具体的には、活性酸素のセンサータンパク質(ホスファターゼなど)を介するリン酸化シグナル経路と核内シグナル伝達・転写制御機構による細胞応答機構(細胞増殖・細胞死制御)、活性酸素による小胞体ストレス制御、また、血管弛緩因子としての過酸化水素によるシグナル伝達機構を解明いたします。

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